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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)4710号 判決

被告 東京西南信用組合

理由

一、被告が昭和四一年三月二六日原告名義で金一、〇〇〇万円の普通預金の預け入れを受けたこと(但し、その実質的預金者が誰であるかについては争いがある)、被告が同年同月二八日右預金の内金八五〇万円を払戻したこと、補助参加人が原告名義の預金通帳に請求原因第二項の(2)および(3)の入金記入をなしたこと(但し右記入の預金の成否については争いがある)については当事者間に争いがない。

二、原告、被告間の預金契約の成否について。

(1)  本件預金契約のなされた経緯

《証拠》によれば、補助参加人(以下笹森という)は昭和四一年二月ごろ以前から知り合いの訴外塩谷守三から訴外笠原汪幸を紹介されたが、その際右塩谷と笠原が北海道で海産物問屋を経営し相当の資産を有する訴外笠原某の息子である旨虚構の事実を告げて笹森をその旨誤信させたうえ、笠原は父に信用されていないため父から金員を引き出すことができないが被告組合振出の手形又は小切手を父に示せば信用して金を出してくれるから協力してほしい、父から出た金員は被告組合に協力預金する旨の申出をした。

笹森は右申出に対し一度は断つたが右両名から再度の申入れがあり、当時被告組合の預金課長をしていたことから預金獲得の思惑もあつて右両名の申出に応じることになり、同年三月初めころ被告組合を振出人とする額面六〇〇万円の小切手二通と額面五五〇万円の小切手一通を偽造し、これを笠原に渡した。

笠原は同年三月一四、五日ころ右のうち額面五五〇万円の小切手を北海道札幌市で金融業を営み、以前から親交のある訴外大山政吉に割引依頼をしたが右小切手は二〇日位先日付であつたので右大山が疑念を抱いたため笠原は笹森に電話連絡をとり大山から被告組合に問合せがあつたら真正に成立したものである旨答えてほしいと予め打合せをし、後に大山から被告組合に右小切手の問合せの電話があつたのに対して笹森が事情があつて先日付にしたが真正に成立したものである旨答えたので大山は右小切手の割引に応じた。

その数日後右大山は笠原から被告組合には世話になつているし決算期であるので被告組合に協力預金して貰いたい、預金を増やすのに協力してやると余計金を借りられることになつているので頼む、との依頼を受け、大山も右五五〇万円小切手割引の件で笠原が被告組合と取引をしているものと思い笠原の右依頼に応じて被告組合に金一、〇〇〇万円の協力預金をなすべく、自己の使用人である原告を伴つて同年三月二四日ころ上京したものであることが認められる。

(2)  請求原因第二項の(1)の預金について昭和四一年三月二六日被告組合に対し原告名義で金一、〇〇〇万円の普通預金口座が開設されたことは当事者間に争いがない。

被告は右預金の真実の預金者は訴外笠原汪幸の父訴外笠原某であり、原告は真実の預金者ではない旨主張するのでこの点につき判断するに、《証拠》によれば、右預金契約は訴外大山政吉、同笠原汪幸、原告の三人が同日午前被告の店舗に赴き、被告側からは当時預金課長であつた補助参加人と営業部長であつた訴外中根某が出席して被告店舗の二階役員室で行なわれたが、右大山と原告は補助参加人および右中根とは初対面であつたため、その際相互に名刺交換がなされ、大山と原告の名刺には肩書に「大商産業」なる社名が印刷されており、交された会話も主として北海道における金融状勢に関するものであつて海産物に関する話は出なかつたことがそれぞれ認められる。被告および補助参加人は、右大山は笠原汪幸の父訴外笠原某の経営する海産物問屋の一番番頭であり、原告はその二番番頭である旨紹介されたので、本件預金の実質的預金者は右笠原某であり、その使途についての実質的決定権者は笠原汪幸であつて、右笠原某の預金につき名義を原告としたにすぎないと信じて取引した旨主張し、証人笹森久男および同笠原汪幸の証言によれば、笹森らが右のように思つていたことは認められるが、右証人らの証言によれば笹森らが右のように考えたのは右預金をするより以前専ら第三者である訴外塩谷守三の言によつて先入観が働いていたことが推認でき、《証拠》によれば、大山および原告は笹森らが右のように原告と大山を笠原某の番頭と思つていたことは全く知らなかつたことおよび本件預金の実質的権利者は大山であり、名義人を原告としたのは名義人でないと払い戻しを受けられない場合があるため大山名義にすると大商産業の社長という立場にある大山がその都度北海道から上京しなければならないのでその頻を避けるため比較的身軽に上京できる原告を名義人として預金し預金通帳も原告宛にして被告組合から発行されたことが認められる。

右認定の各事実によれば、本件預金の実質的権利者は大山であるが原告は形式上自己の名で取引をなす権限を有していたものというべく又原告自ら被告組合に出頭し預金をし被告組合も原告に対し預金通帳を発行している以上たとえその係員がその預金の実権者が他の者であると思つていた(それが誤りであることは前期のとおり)からとて原告との間の預金契約を否定することはできない。

(3)  請求原因第二項の(2)および(3)について。

被告および補助参加人は右記載は架空のものであり、預金として不成立である旨主張し、証人笹森久男は右主張に副う供述をするが、《証拠》によれば、右大山は昭和四一年三月二八日自己の取引上の関係から急に八五〇万円の金員が必要になり、被告組合に対する右一、〇〇〇万円の預金の内金八五〇万円を引き出すよう原告に指示し、原告は大山の右指示に従つて同日午前一〇時ころ訴外笠原汪幸を伴つて被告店舗に赴き、右預金の内金八五〇万円の払戻しを受けた後そのころ大山および原告らの宿泊していたヒルトンホテルの大山の部屋で右八五〇万円と通帳を大山に渡したが、その後大山は右八五〇万円が不要となつたため一時は右金員を拓殖銀行虎ノ門支店に預金しようと考えたが、これを知つた笠原からの要請により同日再び右八五〇万円を被告組合に預金することにしてその旨原告に指示し、一方笠原も被告組合に対し大山が再び八五〇万円を被告組合に預金することになつたので宿舎のヒルトンホテルへとりにくるようにと電話し、被告組合から補助参加人が来ることになつたため原告は右八五〇万円と通帳を大山の部屋から自分の部屋に移し、その後補助参加人が笠原と共に原告の部屋に来たので、原告は大山の指示通り右八五〇万円を補助参加人に手渡し、同時に補助参加人は原告名義の通帳に右預金の記入をして原告に手交したものであることおよび原告が右通帳を大山に渡し預金した旨報告するため大山の部屋へ行つている間に笠原と補助参加人は原告の部屋から同ホテル内の笠原の部屋へ行き、そこで笠原から補助参加人に右八五〇万円を流用させてほしい旨の申出があり補助参加人は笠原の右申出を容れて右金員を笠原に手交したが折角預金のために来たのに格好がつかないということから右金員のうち二〇〇万円を笠原名義の預金として被告組合に口座を設ける旨両名の間に話合いができたことがそれぞれ認められる。

次に、《証拠》によれば、請求原因第二項の(3)の金七〇〇万円は、訴外大山が同笠原汪幸から一、〇〇〇万円の預金では足りないから被告組合に対してもう一、〇〇〇万円預金してほしい旨の要請を受け、一度常盤相互銀行中延支店に預金したものを被告組合に預け変えることにしたもので前に認定した(2)の場合と同様昭和四一年三月三〇日大山は七〇〇万円と原告名義の通帳を宿舎のヒルトンホテルで原告に手渡し被告組合から金をとりに来る予定になつているから預金しておくようにとの指示をしたので原告が同ホテルの笠原の部屋で待つていると、笠原から電話連絡を受けた被告組合の中根某と補助参加人が同日夕方右ホテルを訪れ、前記笠原の部屋に原告、補助参加人、笠原の三名が同席して原告から補助参加人に金七〇〇万円が渡されたうえ補助参加人が原告名義の通帳に右金額の預け入れを記入してこれを原告に交付した事実および原告が笠原の部屋を立去つた後笠原から右七〇〇万円を流用させてほしい旨の申出があつたのに対し補助参加人が応じ、同所で前掲笠原名義の普通預金通帳に右七〇〇万円を二重に記入したものであることがそれぞれ認められる。

右各認定に反する証人笹森久男の証言は前掲各証拠に照してにわかに信用できない。

もつとも証人笹森久男の証言により被告組合の預金元帳であることが認められる乙第一号証に右八五〇万円および右七〇〇万円の各入金記載がないのは前記認定の事実と併せ考えれば補助参加人が原告から預け入れを受けた右各金員をそのまま笠原に流用させたためつじつまを合わせるため右笹森が故意にその記載をしなかつた消息が窺われるから前記認定の妨げとならない。

これを要するに原告は右金額を現実に補助参加人に交付し、補助参加人は被告組合の預金課長としてこれを受領したうえそれぞれ原告名義の通帳に入金記入をしたのであるから、原告主張の右各預金契約は原告と被告との間に有効に成立したものといわなければならない。

三、弁済の抗弁について。(代理、表見代理、準占有者に対する弁済。)昭和四一年三月二八日被告が原告名義の金一、〇〇〇万円の預金の内金八五〇万円を払い戻した事実については当事者間に争いがない。

被告は右預金の残額一五〇万円については同年四月一一日原告の代理人である訴外笠原汪幸からの返還請求があり、同日一四〇万円と一〇万円の二回にわたつて右笠原に支払いずみである旨主張するので判断する。

前記乙第一号証の被告会社預金元帳の記載によれば、被告が右同日右預金の残額一五〇万円を一四〇万円と一〇万円の二回に分けて払い戻している事実が認められるが、証人笠原汪幸の証言によれば同日被告に対し右金一五〇万円の返還請求をなし、かつ被告からその払い戻しを受けたのは訴外塩谷守三であつて笠原でないことが認められ、右認定に反する証人笹森久男の証言は右笠原の証言に照し信用できない。そのほか被告主張のように笠原が原告を代理しもしくは準占有者として右金員の払戻を受けたことを認めるべき証拠はない、従つて、笠原に支払つたことを前提とする被告の弁済の抗弁はその余の主張事実について判断するまでもなく何れも失当であるといわなければならない(なお証人笹森久男の証言によると前記一五〇万円の払戻をするについては原告の印鑑はなく笹森が単に仮払いの伝票を作つてそれによつてなされたことが認められるから、被告主張の表見代理、債権の準占有者に対する弁済の抗弁はこの事実関係からも理由がない)から、被告の抗弁は何れも採用しない。

四、約定利息金および遅延損害金の請求について。

以上認定したところによれば、原告と被告との間に合計一、七〇〇万円の普通預金契約が成立し、かつその弁済が認められないから被告は原告に対し金一、七〇〇万円((1)の残金一五〇万円と(2)、(3)の合計)および(1)の預金に対する預入れの日である昭和四一年三月二六日から同年三月二七日まで(1)の残金一五〇万円と(2)の預金八五〇万円に対する同年三月二八日から、内金七〇〇万円について同年三月三〇日から、いずれも返還請求を受けた日であることが記録上明らかである同年六月二日まで、それぞれ一〇〇円につき一日七厘の割合による約定利息金ならびに右一、七〇〇万円に対する訴状が被告に送達された日の翌日である同年六月三日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いをしなければならない。

五、むすび

よつて、原告の被告に対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容。

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